「何もたせない、何もひけない」古い形をした新しい建物。第7回「祈りのかたち、神宮の建築」-『お伊勢さん』DVDボックス。 

伊勢神宮内宮の御稲御倉の写真です。神田から収穫した抜穂の御稲が納められます。

57歳でフリーターになったUn lapinです。DVD『お伊勢さん』で伊勢神宮の歴史を学んでいます。

伊勢神宮の社殿は式年遷宮を重ねて作り替えられてきました。その結果、世界にもまれな古い形をした新しい建物が現存しています。

このDVDでは、建築家の髙松伸さんが伊勢と出雲を訪ね、建築の世界における古代神宮建築の意義を探ります。

また、法隆寺の宮大工小川三夫さんと伊勢神宮の宮大工宮間熊男さんが、伊勢神宮の建築様式について、奈良の仏教建築と比較して考察します。

伊勢神宮を参拝する予定のある方は、ぜひ参考にしてください。

建築家にとっての伊勢神宮

高松伸(1948- )

島根県出身の建築家です。出雲大社は小学生の頃の遊び場でした。

夕陽が沈んで、出雲大社の本殿が真っ黒な存在になって押し寄せてきた。見たこともない重々しい巨大さに打たれました。あれが建築との最初の出会いでした。

髙松伸

京都大学で建築を学んだ高松さんにとって、伊勢神宮の社殿は建築の原点でした。

京都大学での建築の勉強は模写から始まります。伊勢神宮や出雲大社の図面模写を繰り返します。建築方法や歴史的な意味を、手を動かしながら身体にたたき込むことが建築家になる第一歩でした。

高松さんは、伊勢神宮の社殿を「何も足せない、何も引けない、完璧なデザインである」と評しています。

ブルーノ・タウト(1880-1938)

伊勢神宮の建築の美しさを、日本人に気づかせてくれた建築家です。伊勢神宮外宮正殿を特に称賛しています。

天から降ってきたようなこの建築は、世界建築の王座である。

パルテノン神殿に匹敵する。

ドイツ生まれですが、1933年から3年半、ナチスの迫害を逃れるため日本に亡命していました。

伊勢神宮の他に、桂離宮と白川郷のことも「最高の建築である」と評しました。

古代の建築様式

唯一神明造  伊勢神宮

唯一神明造

古代の高床式の穀倉が宝物庫に発展。

丸柱を地面に直接埋める掘立柱。
屋根は切妻の萱葺。
屋根を貫く千木と鰹木。
両側の2本の柱が棟を支える柱棟持柱。
総檜造で装飾や塗料を施さない素木造。
屋根の傾斜面に出入口がある平入り。

大社造  出雲大社

大社造

祭祀に使われた宮殿が社殿に発展。

内部は約11mの正方形。
中央に直径1mを超える心御柱。
田の字に配置された9本の柱。
檜皮葺の屋根。

屋根の妻の側にある出入口。

2013年(平成25年)5月10日、出雲大社では60年ぶりに本殿遷座祭が行われました。5年の歳月をかけて本殿の大屋根を吹き替えました。

大きな社殿です。平安時代には48mの高さを誇ったと伝えられています。現在の高さは24m。古代には96mであったという説もあります。

巨大神殿が神話の中の物語だけではない可能性を示す発見が、近年ありました。

宇豆柱
2000年(平成12年)に神域の発掘調査で、宇豆柱という3本の杉の木を束ねた柱が発見されました。社殿中央の心御柱を補助する柱です。

これは出雲大社の宮司千家国造家に伝わる「金輪御造営差図」という出雲大社の絵図面と一致するものでした。

調査の結果、この柱は1248年頃(鎌倉時代)の出雲大社本殿の柱であったと判明しました。

住吉造  住吉大社

住吉造

大嘗祭の建物との近似。

 

直線的な外観。
内部は内陣と外陣の二室。

檜皮葺の屋根。

切妻造り、妻入り。
千木と鰹木を置いた棟。
社殿の正面に板扉。
低い床。

神明造や大社造と共に、神社建築の最古の様式です。本殿4棟は国宝に指定されています。

2010年(平成20年)に第49回式年遷宮が行われました。国宝のため、作り替えが難しいそうです。

纏向遺跡と伊勢神宮および出雲大社の類似性

纏向遺跡
奈良県桜井市、三輪山の北西麓。ヤマト王権があった地と考えられています。

広さは東西2km、南北1.5km。弥生時代末期から古墳時代前期の遺跡です。

纏向遺跡で発見された遺構と、伊勢神宮および出雲大社には類似性があります。

2009年(平成22年)に、大型建物群の遺構が見つかりました。3世紀前半の建物です。その西側には棟持柱建物の遺構があります。これらの建物は東西軸に一直線に並んでいます。

大型建物は南北19.2m、東西12.4m、高さ約10mの入り母屋造りと推定されています。出雲大社と共通する建物で、大王が住む宮殿であった可能性があります。

棟持柱建物は伊勢神宮と同じ神明造で、切妻式の高床式の建物です。宝物庫であったと考えられています。

日本書紀によると、10代崇神天皇の代までは、天照大神と倭大国魂神の2神は宮中に祀られていました。

疫病が流行った際に、崇神天皇はその原因が2神を宮中に祀っているためと考えました。天皇は天照大神を皇女豊鍬入姫命に託し、倭の笠縫の邑に「磯堅城の神籬」を立てて祀りました。

御殿から外に出たのが宝物庫で、やがて伊勢神宮の社殿に、一方、出雲大社は纏向遺跡の大型建物が原型になった。

神戸大学の黒田龍二教授はこのように考え、纏向遺跡の大型建物群の遺構は日本書紀の記述と合致すると述べています。

法隆寺と伊勢神宮の宮大工

二人の宮大工が伊勢神宮の建築様式について、奈良の仏教建築と比較しながら考察します。

小川三夫
法隆寺宮大工、法輪寺三重塔や薬師寺西塔、金堂の再建を手がけた。

宮間熊男
伊勢神宮宮大工、「小工」として3度の式年遷宮を経験、平成5年の式年遷宮では総棟梁を務めた。

仏教建築

長い年月に耐えるために、礎石の上に建物を建て、土壁や瓦を使用。大陸から伝わった技術です。

伊勢神宮

日本古来の建築。

原点は直線。

二人の結論は「伊勢神宮と法隆寺に共通点はない」。

自分もああいう木を削ってみたい。

法隆寺宮大工 小川三夫

 

真っ白な素木、それは自慢できる。

伊勢神宮宮大工 宮間熊男

お寺は400年で建て替えるため、建築技術は建物からしか学習できません。伊勢神宮は式年遷宮で20年ごとに建て替えるので、技術が人から人へ伝わります。

式年遷宮の造営に関わるお祭

式年遷宮にむけて8年間に33の遷宮諸祭が行われます。このうち、建築に関わる造営の祭が7割を占めています。

山口祭

2005年(平成17年)5月。

遷宮の造営にあたり、最初に行なわれるお祭です。新社殿の用材を切り出す前山の神に安全と立入りの許可を祈願します。

忌鍬と忌鎌の儀式が行われます。物忌の童女が忌鍬を神職に渡します。神職は忌鍬でもって山を鎮めます。

伊勢神宮では材木を伐採する山を御杣山と呼びます。第62回式年遷宮の御杣山は伊勢ではありませんが、古例に従い、内宮は神路山、外宮は高倉山で行われました。

御杣始祭

2005年(平成17年)6月。

内宮と外宮の御神体を納める器をつくる2本の御神木を伐採するお祭りです。長野県木曽谷の国有林で行われました。

内宮と外宮用に2本の御神木が必要です。御神木に選ばれるには育った場所や周囲の環境、材質、大きさに厳しい条件があります。

さらに切り倒したときに2本の木の先端が交差する位置に生えていなければなりません。今回は木曽谷上松町の樹齢約300年の2本の檜が選ばれました。

御用材伐採式

2005年(平成17年)6月。

岐阜県中津川市で、御用材の伐採が行われました。

御樋代木奉曳式

2005年(平成17年)6月。

伊勢の山で伐採した御神木を内宮と外宮に迎える行事です。内宮は6月9日、外宮では6月10日に行われました。

御神木は、内宮では五十鈴川を遡って風日祈宮橋辺りで神域へ曳きあげられます。外宮では北御門から神域へ曳きこまれます。

鎮地祭

2008年(平成20年)4月。

新しい社殿の造営地で工事の安全を祈願して、新宮の大宮地の神を祀る儀式です。地鎮祭にあたります。

物忌の童女は鎌をふりあげて草刈り初めの儀式を行います。神職は鍬入れの儀式を行います。

立柱祭

2012年(平成24年)3月。

新しい社殿の御柱を立てるお祭です。新殿の造営に際して最初に行われます。御柱の木口を小工が木槌で打ち固め、新殿の安泰を祈ります。

内宮は2012年(平成24年)3月4日、外宮は3月6日に行われました。一般には公開されませんでした。

上棟祭

2012年(平成24年)3月。

新しい正殿の棟木をあげます。建物の守り神である屋船大神を祀り、正殿の安泰を祈願します。一般の棟上げ式にあたります。

新正殿の屋根の棟木から2本の白い布綱が垂れ下がっています。この布綱を屋根の棟木と門の予定地に立てた柱に結んで、正殿までの距離を測ります。

布綱を神職が手にとっています。「千歳棟」というかけ声に、屋根の上の小工が「オー」と応じながら木槌で棟木を打ち固めます。

「万歳棟」「オー」、「曳曳億棟」「オー」。かけ声のたびに、屋根の上の小工が木槌を打ちます。

檐付祭

2012年(平成24年)5月。

新殿の御屋根に御萱を葺き始めるお祭りです。

甍祭

2012年(平成24年)7月。

新殿の屋根の葺き納めのお祭です。屋根に甍覆などの飾り金具を取り付けます。「御金物を堅固に護りたまえ」と祈りを捧げます。

後鎮祭

2013年(平成25年)10月。

遷御の儀の直前に行われます。正殿の床下に天平瓮を奉居して、社殿の竣工を祝います。

まとめ

伊勢神宮は式年遷宮によって、日本古来の建築は受け継がれてきました。

建物が老朽化しても終わらない。社殿を建て直して生命力が甦らせてきました。

遷宮という永遠の循環によって、日本人は常に新しさを感じ、新たな活力を身につけます。

なにごとのおはしますかは知らねども かたじけなさに涙こぼるる。

西行

「伊勢」の記事です。

音楽によって、私たちは神様と繋がっています。第6回 「神に捧げる音楽」

人と神を結ぶ架け橋。特典映像「宇治橋架け替え」

江戸時代のワンダーランド。第5回「お伊勢参り」

特典映像「遷宮のお祭り」

なぜ、続いてきたのだろう。 第4回「千三百年の伝承、式年遷宮の歴史」 

どうして「いただきます」と言うの。第3回「神宮神田の一年」

日本人の心の原点。特典映像「1年のお祭り」

祈りは繋がり。第2回「神宮125社まいり」

太陽に感謝。第1回「伊勢への道」

『お伊勢さん』DVDボックス。伊勢神宮の歴史と行事を学び始めました。

ご存じですか? 参拝の作法。お伊勢さんへ行ってきました。

「伊勢うどん」と「地ビール」で屋外ランチ。伊勢のおかげ横丁は食べ歩きにおすすめです。

伊勢から鳥羽へ、鳥羽は穏やかな海と真珠の町です。

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