京都に旅行しました。今回は京都から電車1本で行けるサントリー山崎蒸留所を紹介します。
京都の南西、天王山の麓にある日本最古のモルトウイスキー蒸留所です。
目次
山崎
良水と湿度がウイスキー造りには重要です。山崎はこの2つの長所を備えています。
万葉の歌に詠まれた水生野と言われる名水に恵まれた土地で、千利休はこの地に茶室「待庵」を構えました。
また桂川と宇治川、木津川が合流する地形のため湿度が高くウイスキーの熟成に適しています。
京阪急京都本線で京都河原町駅から約20分で「大山崎駅」に到着
阪急電鉄の駅なので宝塚のポスターが各所に掲げられています。
大山崎駅からは歩いて蒸留所に向かいました。
大山崎町は「山崎の戦い」の舞台、天正10年(1582年)本能寺の変を受けて羽柴秀吉軍と明智光秀軍が戦ったところです。
途中大阪と京都の県境を越えて山崎蒸留所へ向かいます。
サントリー山崎蒸留所
踏切を渡ると山崎蒸留所、駅からは徒歩10分で到着しました。
入って左側の受付で手続きをすると、ツアーの開始時刻が書かれたプレートを渡されます。
蒸留所にはウイスキーの蒸溜に使用するポットスチルが展示されていました。
ウイスキー館
ウイスキー館に入るには予約が必要です。
有料と無料のコースがあり、有料コースは工場で仕込、発酵、蒸溜、貯蔵の製造工程を見学ができます。無料コースは山崎ウイスキー館の見学のみ可能です。
山崎蒸留所は1923年寿屋が日本初のモルトウイスキー蒸留所として開設しました。
社長は寿屋創業者の鳥井信治郎(1879年 – 1962年)、蒸溜所長は「日本のウイスキーの父」マッサンこと竹鶴政孝(1894年 – 1979年)でした。
ウイスキー館内部は趣のある木製の内装です。
創業期の物語
「やってみなはれ。やってんみんことにはわかりまへんやろ」鳥井信治郎の口癖でした。
失敗を恐れずに挑戦を重んじるチャレンジ精神、現在のサントリーにも創業精神として伝えられています。
ウイスキー館には古いウイスキーが展示されていました。
写真は1907年(明治40年)発売開始した「赤玉ポートワイン」
当時驚異的な売り上げを記録してサントリーの土台を築き上げたウイスキーです。
1940年(昭和15年)に山崎蒸留所で誕生した「オールド」
戦時下のため発売できず1950年に販売が開始されました。
ダルマと呼ばれるボトルの形は現在も継承されています。「すこし愛して、なが〜く愛して」CMの大原麗子さんが可愛かったです。
「角瓶」は寿屋時代の1937年(昭和12年)発売開始
「サントリーウヰスキー12年」として発売されましたが「角瓶」という通称が正式な製品名になりました。
「サントリー白札」のポスターです。1929年(昭和4年)発売した国産ウイスキー第1号
「醒めよ人! すでに舶来盲信の時代は去れり 酔わずや人 吾に國産至高の美酒 サントリーウヰスキーはあり!」
この広告は全国紙に掲載されて評判を呼びました。
サミー・デイヴィス Jr. のテレビCM「う~ん、サントリー!」を懐かしく思い出しました。
ウイスキー・ライブラリー
ウイスキーのボトルが壁面に並べられています。
ライトアップされて琥珀色に輝くボトルがとてもきれいでした。
館内に展示される蒸溜所で使われたポットスチルです。
テイスティングカウンター
ウイスキー館1階にテイスティングカウンターが設けられています。
2階からのぞいた円形のカウンターの様子です。ライトアップされた幻想的な雰囲気のボトルが並んでいます。
サントリーがあつかう世界のウイスキーや蒸溜所ならではの原酒など約30種類のウイスキーを飲めます。
さまざまな熟成年数の山崎がそろっていました。山崎を構成している原酒も飲むことができます。
超長期熟成ウイスキー体感セットを注文、目の前でボトルからウイスキーをついでもらいます。
左から「白州18年」「山崎18年」「響21年」
ウイスキー館前庭のテーブルでテースティングしました。
ギフトショップ
山崎蒸留所でしか手に入らないオリジナル商品がそろうギフトショップ
使用済みのウイスキー樽材を再利用したグッズが色々ありました。
樽オークコースター、ウイスキーの熟成に使われた樽を解体してつくられています。
樽オークナッツ入れ、木目がとてもきれいです。
山崎蒸溜所限定シングルモルトウイスキー、ウイスキーの容量は300mLでボトルにはシリアルナンバーが入っています。一人1本の限定品です。
このほかにウイスキー用につくられた大人のためのポッキーや樽材でスモークしたおつまみが販売されていました。
山崎蒸留所で教えてもらった方法でつくったハイボールも美味しかったです。見学をして今までよりウイスキーの味と香りを繊細に味わえるようになった気がします。
京都と大阪から電車1本なのでウイスキーに興味のある方はぜひ訪れてください。